2007年7月26日 14:37
大極殿遺蹟辺り
平安京が出来た頃、千本通が都の中心の朱雀大路で、平安宮も現在の京都御所の位置ではなく、千本丸太町付近だったという事実は意外に知られていないのでは?
平安京造営当時の朱雀大路は幅が約85メートルもあったそうです。
(何と広い!!)
平安宮の中心的建物である大極殿は千本丸太町の交差点北側を東西にまたぐ様にそびえ立っていたとか。
今、その地点を示す標識が道路に埋め込まれています。
岡崎の平安神宮はその大極殿を模して8分の5サイズで建てられています。
その大きさから想像しても大極殿がいかに巨大だったかということです。
ちなみに、平安神宮は一層建ですが、大極殿は二層建でした。
現代の様な家屋もビルも無い景色の中で他を圧倒する建造物だったんですネ!!
丸太町七本松のアスニーの中の平安京創生館には一部屋一面、平安京の模型があり、ガイドの方が丁寧に説明してくださいます。
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